最近、「ドパガキ」という言葉を見かけます。
TikTokやYouTube Shorts、スマホゲームなど、短時間で強い刺激や報酬を得られるコンテンツに慣れすぎて、常に次の刺激を求めてしまう状態や人を表すネットスラングです。
もちろん「ドパガキ」は医学用語ではありません。
ただ、現代のデジタル環境を考えるうえで、興味深い言葉ではあります。
タイパとドパガキ
「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉も、すっかり一般的になりました。
限られた時間を有効に使いたい。
動画は倍速で見る。
映画は要点を知りたい。
長い文章はまとめてほしい。
こうした考え方そのものが悪いわけではありません。
問題は、それが行き過ぎて、
「時間をかける=無駄」
「すぐ結果が出ない=つまらない」
となってしまうことです。
短時間で次々と刺激を受けることに慣れると、ゆっくり楽しむものに物足りなさを感じることがあります。
映画をじっくり見る。
本を読む。
人とゆっくり話す。
散歩する。
コーヒーを飲みながら何も考えない。
こうした時間には、すぐに得られる「成果」はありません。
それでも、人生には必要な時間です。
年齢を重ねると「刺激の強さ」が変わってくる
年齢を重ねると、若い頃ほど刺激の強さや新しさを追い求めなくなる人もいます。
これは、単に刺激を感じなくなったということではありません。
むしろ、
「刺激の強さ=楽しさ」ではなくなる。
そんな変化なのかもしれません。
若い頃は、大きなイベント、新しい経験、強い刺激を求める。
それが経験を重ねるにつれて、
「いつもの食事がおいしい」
「何気ない会話が楽しい」
「静かな時間も心地いい」
という感覚が増えてくる。
そして、
「何も起こらない時間も悪くない」
と思えるようになる。
「波」だけでなく「凪」も楽しむ
人生を波乗りに例えるなら、若い頃は大きな波を探して、自分から波に向かっていく。
でも、経験を重ねると、
「来た波に合わせて楽しめばいい」
と思えるようになる。
大きな波なら大きな波を楽しむ。
小さな波なら小さな波を楽しむ。
そして、波が来ない「凪」も楽しむ。
これは、刺激を求めることをやめるという意味ではありません。
刺激も楽しむ。
でも、刺激がなくても楽しめる。
そのくらいの距離感が、ちょうどいいのかもしれません。
タイパで時間を効率化することも大切。
新しい刺激を楽しむことも大切。
でも、人生のすべてを「効率」と「刺激」で埋める必要はありません。
効率の悪い時間にも、意味がある。
何も起こらない時間にも、価値がある。
年齢を重ねるということは、もしかすると「もっと大きな波を」と求めるだけではなく、
「今日は凪だな」と、その凪さえ楽しめるようになること
なのかもしれません。

