「死ぬのは怖いですか?」
そう聞かれれば、多くの人が「怖い」と答えるでしょう。
特に若い頃は、死は自分の日常から遠い存在です。
だからこそ、突然病気になったり、身近な人が亡くなったりすると、「死」というものを強く意識し、不安や恐怖を感じます。
ところが興味深いことに、年齢を重ねるほど「死がとても怖い」と答える人は、必ずしも増えるわけではないそうです。
もちろん、高齢になっても死を怖いと思う気持ちはあります。
ただ、「自分もいつか死ぬ」という現実を、少しずつ受け入れていくことで、死との距離感が変わってくるのかもしれません。
その一つが「老年的超越」という考え方です。
年齢を重ねると、若い頃のように社会的な活動や人間関係だけに意識を向けるのではなく、自分の過去を振り返ったり、人生そのものを考えたりする時間が増えていきます。
すると、過去の出来事が今の自分の中に生きていることに気づいたり、自分という存在を、家族や先祖、自然、そして長い時間の流れの中で捉えるようになったりする。
「自分が死んだらすべてが終わる」という感覚から、
「自分も長い時間の流れの中の一人なのだ」
という感覚へ。
そんな変化が起こるのかもしれません。
もちろん、認知機能の変化が影響している場合もあります。
しかし、それだけでは説明できない心の変化もあるのでしょう。
考えてみれば、私たちは若い頃には「これから何をするか」を考えることが多く、年齢を重ねるにつれて「これまで何をしてきたか」を振り返る時間が増えていきます。
そして過去を振り返ることで、自分が生きてきた時間そのものに意味を感じるようになる。
そう考えると、老いとは単に身体機能が衰えていくことだけではないのかもしれません。
身体は少しずつできることが減っていく一方で、心の中では、これまで生きてきた経験が積み重なり、若い頃とは違った世界の見え方が生まれてくる。
「死を怖がらなくなる」ということも、死そのものを恐れなくなったというより、
「生きてきた時間を十分に受け入れられるようになった」
ということなのかもしれません。
だからこそ、今を生きている私たちにできることは、まだ来ていない死を必要以上に心配することではなく、今日一日を自分らしく過ごすこと。
運動をして、仕事をして、人と話して、好きなものを食べて、笑う。
そんな何気ない一日を積み重ねていく。
人生の最後に「もっと生きればよかった」と思うのではなく、「まあ、よく生きたな」と思えるように。
老いとは、死に近づくことだけではなく、これまでの人生を少しずつ自分の中に統合していく時間なのかもしれません。


